(利川=聨合ニュース)日帝強制占領期間に日本に搬出された利川(イチョン)5重石塔を取り戻すため
に結成された京畿道利川市汎市民運動推進委員会が文化財庁職員と一緒に日本を訪問、石塔の持ち主
に石塔返還を要求したが断られた。
10日、推進委によればイ・サング推進委常任委員長、キム・ジョンドン牧園大教授、文化財庁職員で
構成された訪問団が去る4日、2泊3日の日程で利川5重石塔がある日本の東京オークラホテルを訪れた。
石塔の保存状態を確認し、石塔の所有主体であるオークラ文化財団関係者に会って石塔返還を要請す
るための今回の訪問は、文化財庁が後援し、日本の韓国文化院が取り持った。
訪問団はオークラ文化財団のシブヤ・フミトシ理事に会って五重石塔返還を公式に要請したが、シブ
ヤ理事は「(返還に対して)考えて見た事がないし、五重石塔は重要美術品なので外国に搬出の時は日
本文化財庁の許可を受けなければならない」と返還不可の立場を明らかにした。
面談後、五重石塔の保存状態を点検した訪問団は苔が生えてはいるが、石塔は破損された所もなく、
比較的原型そのままでよく保存していることに満足した。訪問団は五重石塔と元々一対で、現在、利
川に残っている3層石塔を見るために、財団責任者が利川を訪問して対話の窓口を維持することをオ
ークラ文化財団に要請し、財団はこれを肯定的に受け入れた。
イ・サング委員長は「日本側が石塔返還は事実上不可能だ、という立場を見せたが、利川市民がやっ
ている石塔返還運動を知らせて、対話の窓口を確保したことも大きな成果。手始めで満足していない
が、時間が長くかかってもあきらめずに返還運動を行う」と述べた。
推進委は来年上期、文化財専門家とともに自ら調査団を結成、五重石塔があるオークラホテルを再訪
問して石塔返還を再び要求、現地での精密調査も進行する予定だ。
一方、推進委は「利川郷校部屋五重石塔」という呼称は日本人が名付けた名前という指摘によって、
石塔が位置する山すその名前を借りて「マンヒョン山五重石塔」に改名したこの石塔の公式名称を
「利川五重石塔」に決めた。
聯合ニュース(韓国語)
★日本からの窃盗品が、韓国の国宝に!!
「高麗版大般若経」は国の重文として安国寺の宝財殿に安置
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1994年、南京錠を破壊して押し入るという非常に荒っぽい方法で盗まれ、行方不明になった。
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1995年、驚いたことに、既に勝手に韓国の国宝に指定されており、韓国人の「正当な所有物」となっていた!!
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1998年2月、日本の文化庁は外務省を通じて韓国に調査協力を求めたが、 韓国政府は「個人所蔵により要請に応えることは難しい」と、事実上の略奪宣言に等しい回答で調査拒否を行った。
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2001年、この事件は、そのまま時効となっている。
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盗まれた「高麗版大般若経」は現在、韓国博物館会会長であるユ相玉(ユ・サンオク)氏の私有財産となっている。
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同社が経営する化粧品博物館「space*c」では、2005年7月まで「高麗版大般若経」をユ相玉の私有財産として堂々と展示していた。
98年、大阪府太子町から高麗仏画「楊柳観音像」(重要文化財級) を含む仏画32点が盗難
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韓国で存在確認
2001年、愛知県豊田市から阿弥陀如来の極楽浄土を描いた,県指定の重要文化財「絹本著色阿弥陀仏曼荼羅」など7点が盗難
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韓国人による犯行
2002年、兵庫県加古市から国指定の重要文化財「絹本著色阿弥陀仏三尊像」など8点が盗難
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韓国人による犯行
2005年、島根県出雲市から「紙本墨書後醍醐天皇御願文」など国指定の重要文化財4点を含む,仏画や経典13点が盗難
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韓国人の犯行
いずれも高麗仏画を狙った計画的犯行で、盗品は全て韓国に渡っている。
盗品のなかには韓国の寺院や韓国の国宝に指定されているものもあり、営利的で政治的な
意図を持った窃盗事件である。
なお、98〜02年の窃盗事件は韓国人の金と黄という2人の犯行であり、彼らによる日本側
の被害は3億円にのぼる。韓国のメディアは彼らを「愛国者」と賞賛し、韓国世論も「彼ら
に報奨金を出すべき」などと盛り上がる異常事態となった。
韓国政府も「韓国民法の『善意の取得』を適用すれば法律上の問題は無い」として盗品の
返還に一切応じていない。
2008年09月11日
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