2009年10月28日

中国 感謝されたい日本人シニア技術者たち「私のことを思い出して欲しい」技術指導に情熱

中国にある日系工場には多くの技術者の方が駐在されていると思う。しかし、最近は日系でなくとも日本向け、日系向けを手掛けるサプライヤーに日本人の技術者が駐在されているケースを多く見る。
駐在と表現したが、実際は日本からの派遣でなく、現地企業と直接雇用契約を結び、根を下ろして仕事されている方も少なくない。日本からの派遣、現地雇用に限らず、比較的年配の方が多い。

日本からの駐在者に年輩者が多いのは、駐在員の多くが現地法人では指導監督、総合的な管理業務を担う必要から、どうしてもある一定年齢層以上に集中してしまうという事情がある。

しかし、それだけではない。特に現地企業と直接雇用契約を結んで働いている方たちの話を聞くと、多くは日本でしっかりと後進の指導にあたった結果、立派な後継者が育ち、失礼な表現ではあるが、社内での必要性が失われてしまった。
あるいは、長く中国ほか海外工場に駐在し、日本に帰任したものの、そこには海外工場に日々発生していたリアルな事件 (問題) もなく、海外駐在で培った経験や知識を生かす場が限られてしまっている。そんな中で海外への再渡航を選ばれる方は少なくないように感じられる。

60歳の定年を迎え、国内には再雇用の場もなく、年金受給までの食いつなぎである、あるいは仕事一筋のサラリーマン生活に明け暮れたため、趣味や仕事以外の人間関係を構築できなかったのでは、と否定的に捉える読者もいるかもしれない。
まったくそのような要素がゼロであるとは断言できないが、そのような要因の多くは、副因であって主因ではない。実際には、定年前に日本の会社を退職し、中国企業と雇用契約を結んでいる方も少なくない。
そのような方の場合、収入や保険のことだけを考えれば、日本企業に留まっていることが得策なのは言うにおよばない。

また、定年を迎え仕事以外にやること、出来ることがない、といった話を聞くこともあるが、豊かな趣味を持っていたからといって、趣味三昧の生活を選ぶかといったら、また違うのではないだろうか。
例えば、絵画の趣味を持たれている方が素晴らしい絵を描かれたとしても、それは本人の満足や周囲の絶賛を受けることはあっても、感謝される域となると難しい。逆に美しい絵画に周囲が感動し、感謝にまで至るとなったら、それは趣味の域を飛び越えてしまっていることになる。

一方、日本人技術者が自分の持つ経験、知識を中国人技術者に移植してゆくことで、中国工場の品質管理や原価管理、工程管理が向上していくとしたら、それは間違いなく感謝されるだろう。

「井戸水を飲むとき、その井戸を掘った人のことを忘れてはならない」という中国の諺の話をしたとき、
中国で孤軍奮闘しておられる技術者から、「私は、その井戸を掘っているのです。いつの日か、私の残したモノ (技術) が感謝され、少しばっかり私のことを思い出してもらえれば……」という話を伺った。

彼ら日本人技術者の純粋な気持ちが、「世界の工場」中国を下支えしているのではないだろうか。

サーチナ






























( `ハ´ ) 井戸水を飲むとき、その井戸を掘った人のことを忘れてはならないアル
( `ハ´ ) 水がたくさん出るようになったので、井戸を掘った人達に売りに行くアル

<丶`Д´> 井戸を掘った場所はウリの土地ニダ 誰が掘ろうと感謝する必要は無いニダ
<丶`Д´> 井戸を掘ったのはウリニダ




posted by クリケン at 17:35| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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