2010年01月14日

京都の自尊心、清水寺は百済人が建てた

(前略=今昔物語「田村将軍始建清水寺物語」の紹介)
音羽山中腹に位置する清水寺は寺が立てられた当時はかなり険しい山であっただろう。一抱えも
ある木々でうっそうとした森に田村麻呂将軍は一人で鹿を探して入った。田村麻呂将軍の勇敢さ
が引き立つところだ。このような将軍の覇気と勇気は当時、朝廷で定評があった。このため、彼は
絶えず朝廷を脅かす東北方の蛮夷、蝦夷を追い出すために選ばれた。

「清水寺を見ずして京都を見たというな。」という言葉があるほど建築物が美しいと噂になった清水
寺は京都を代表する名所だ。田村麻呂将軍の妻への愛に関する伝説が込められたこの寺は絶
壁の上に10メートル以上飛び出した本堂の床が壮観だ。この床は「舞台」と呼ばれ、139本の木
柱で支えられている。これら木柱が支えてきた本堂の重さほど、歳月の重さは深くて重い。
(中略=清水寺の紹介)
本堂に祭られた「十一面千手千眼観世音菩薩」は成し遂げられない願いがないというほど霊験が
あらかたなところであり、本堂後方に位置した地主神社は恋人たちの恋愛を占ってくれる所で若
い女性と恋人たちに人気のある所だ。地主神社の祭神である大国主命は、韓国系の素戔男尊
(スサノオノミコト)神を先祖に持ち、江戸時代までは清水寺の主神を迎える霊廟で「鎮守社」と呼
んだ。

地主神社境内には電気釜大の丸っこい石が10メートル間隔で二つ置かれている。その片方の石
で両目を閉じて直ちに歩いて他方の石を握れば恋愛が成就したり恋人ができる運があるという伝
説がある。そのためか、私たち一行が訪ねた時もユカタ姿の若い女性が両目をとじて自分に訪れ
る白馬に乗った男性を待つように、たどたどしくて頂点の石に向かって歩く姿がとても真剣だった。

ところでこの石は原子物理学者ポスト博士の科学的な年代測定の結果、紀元3000年前の縄文時
代のものと判明した。これは地主神社の創建が古事記などに出てくる神話時のままに遡るという
話なのでそれだけ古かったという話だ。

平安時代、こちらには52代サガウヮン(嵯峨天皇)等が直接お行幸したことがあり、64代ウォンユ
ンウォン(円融天皇、970年)時から地主祭りをしている由緒正しい神社だ。田村将軍がたてた清水
寺と清水寺を保護する主神を祭る霊廟、地主神社。この二ヶ所は今、韓国人に最も人気がある京
都観光の中心にある寺と神社だ。これらを作ったのが韓国系の私たちの先祖とは!驚くべき事実だ。

京都の自尊心、清水寺を建てた百済系田村麻呂将軍とは誰か?

<第二編、京都の自尊心、清水寺を建てた田村麻呂将軍は百済系征夷大将軍>に続きます。

イ・ユンオク(韓日文化交流研究所所長)
キム・ヨンジョ(青い松同胞文化研究所所長)

文化ジャーナル21 (韓国語)
































  /\___/\
/ /    ヽ ::: \
| (●), 、(●)、 |    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|  ,,ノ(、_, )ヽ、,,   |  < まーたはじまった
|   ,;‐=‐ヽ   .:::::|    \_______
\  `ニニ´  .:::/
/`ー‐--‐‐―´´\




posted by クリケン at 17:35| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 朝鮮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。