2009年04月21日

フィリピン モーターショー主催者、不評の中国車を必死に弁護

2009年4月17日、フィリピンの英字紙Philippine Daily Inquirerは、「マニラ国際モーター
ショーの主催者は中国車のために弁護する」と題する記事を掲載。このほどドイツの衝突安
全テストで0点という史上最低点を取るなど、何かと話題の中国車のフィリピン市場への参入
状況などを紹介した。環球時報が伝えた。

記事によると、フィリピンで車といえば、米国、欧州、日本のいずれかのメーカーのみが
信頼を獲得しており、それ以外の車、例えばヒュンダイやキアなどの韓国車でさえ「韓国
メーカーの中古車は危険」「造りが雑」などと、10年以上にわたって低評価を受け続けてきた。

このようなフィリピン市場に、中国車メーカーは車の基本機能があれば満足する「入門者」
をターゲットに参入を試みており、4月2日から行われた「マニラ国際モーターショー」にも
出展した。ショーでは中国車が多くの注目を集めるよう主催者側の配慮があったにもかかわ
らず、モーターファンから批判を浴びるなど、必ずしも好評価を得られなかった。

主催者側のある責任者は「中国車がデザインや技術を真似ず独自開発したことに対しても
一部の人は評価せず、逆に批判している。そんなに信用できないのか?これでは昔の韓国車
のケースと同じではないか」と中国車を弁護した。

また、別の関係者は「中国政府も車の安全性と品質の確保に対しバックアップしている。
メーカーも以前のように低価格だけをアピールするようなことは無い」とし、「努力を続け
るメーカーは歓迎を受けるべきだ」とこちらも中国車の擁護に必死だったという。
(翻訳・編集/HA)

レコードチャイナ

































エゴぎじゅちゅなら、満載ニダ。
  ∧_∧
  < `∀´>     n
 ̄     \    ( E)
フ     /ヽ ヽ_//


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2009年03月13日

フィリピン カルデロン一家の強制送還を受け入れ、再同化支援をする準備がある

フィリピンのマニラで木曜日、外務省は日本で直面している比のカルデロン一家に対する強制送還を受け入れる準備がある
と述べました。声明は東京入国管理局が一家の娘、のり子さん(13歳)を残すか残さないかを決めなければ強制収容し国外
退去処分にすると表明した後に出されました。

エステバン・コネホス・ジュニア・フィリピン外務省移民労働担当次官は、木曜日に声明の中で「日本国法令の適用に関連して
同国で実施されている手続きに沿って、外務省および関連機関はカルデロン一家に対しフィリピン社会への再同化支援を含む
人道的、そのほかの援助を行う用意がある。」と述べました。

入国管理局は、一家に対するそれらの暫定的な滞在は2008年11月以来4回延長されていて、もはや延長できないとしています
が、一方でのり子さんに対しては日本語しか話せないことから「人道主義の根拠」に基づき在留を許可するとしています。

1990年代前半に両親が他人名義のパスポートを偽装して入国した後に、のり子さんは1995年に日本で生まれました。
彼女は現在、埼玉県の蕨市の中学校に通っています。

伝えられるところによれば、6年間、日本の教育を受け日本語しか話せない子供を強制送還する事は「薄情である」と考えられて
おり、入国管理局は、子供が既に中学生以上の場合には特別在留許可を不法滞在家族の子供に与える傾向があるとしています。

2006年以来、フィリピン人の家族は、一家で一緒に残れるように日本政府に働きかけてきましたが最高裁判所は去年の9月に
請願を棄却しました。エステバン・コネホス・ジュニア・フィリピン外務省移民労働担当次官によると、フィリピンの外務省は
カルデロン一家のケースを「密接にモニター」していると述べました。

また、「東京のフィリピン大使館も在留資格の問題を抱える家族に連絡しています。」と、彼は言いました。

日本入国管理局によると、1月現在、およそ11万3072人の不法な在留外国人がいます。

フィリピンの海外調査委員会は、2007年、202、557人のフィリピン人が日本に在留していることを示しましたが、そのうち何人が
不法滞在者かについては言及しませんでした。

2007年に、約7,388人の外国人が特別在留許可を取得しており、2008年には3万9382人が強制送還されています。

GMANews







































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 │旅│不│不│不│判│弁│在│募│母│偏│偽│同│
 │券│法│法│法│決│護│日│金│国│向│名│情│
 │偽│入│滞│就│無│士│支│詐│軽│報│使│作│
 │造│国│在│労│視│赤│援│欺│視│道│用│戦│



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2009年01月19日

フィリピン 「木を切ってはだめ」、フィリピン政府が韓国リゾート開発に注文

【1月16日 AFP】韓国のリゾート開発企業がフィリピンで進めている1億2000万ドル
(約110億円)規模のリゾート開発計画に待ったがかかった。フィリピン政府が16日、
開発に際して現地の樹木を伐採してはならないと注文をつけたのだ。

問題となったのは、韓国企業グランド・ユートピア(Grand Utopia)が、
かつて米海軍基地があったマニラ(Manila)北方のスービック湾(Subic Bay)で
前年11月に起工したリゾートホテル「オーシャン9・カジノ・アンド・ホテル
(Ocean 9 Casino and Hotel)」の建設計画だ。

この計画に、環境活動家が環境汚染や海岸沿いの樹木が伐採されるなどの懸念が
あると抗議したことから、ホセ・アティエンザ(Jose Atienza)環境天然資源相は同日、
「同地の樹木保護は必須条件だ」として、グランド・ユートピアに対し、樹木の伐採や
植え替えではなく、樹木の周囲に施設を設ける形に設計を変更するよう求める声明を出した。

規制の理由について同相は、「フィリピン経済に貢献する投資は歓迎するが、
同時に正しい観点から、確実に環境も保護する必要がある。よって投資者は
フィリピンの法律を順守せねばならない」と語った。

現時点では、設計変更によって建設費用や工期がどの程度増えるかは不明だ。
グランド・ユートピア側のコメントは得られていないが、フィリピン政府の条件を
拒否した場合、開発許可が取り消される恐れもある。

韓国系企業による開発計画をめぐっては、マニラ南方のタール湖(Taal Lake)畔での
韓国企業によるホテル建設計画が、当局の許可を得られず頓挫している。(c)AFP

AFPBB News
































    \人_人,_从人_人_人,_从人_.人_从_,人_人人/
     )切ってだめなら燃やせばいいニダ!!!(
   /⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒\
                   |
               \  __  /
               _ (m) _ ピコーン!
                  |ミ|
               /  .`´  \
                 ∧,,∧
               <`∀´ ∩
               (つ  丿
               ⊂_ ノ
                 レ



posted by クリケン at 18:36| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | フィリピン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

フィリピン帰りの韓国人旅行客、飛行機が遅れたことに10時間抗議 謝罪と補償を求める

飛行機の遅れに抗議する韓国人旅行客がフィリピン・セブ空港で警備員らとトラブルになり、
一連の経緯に不満を持つ乗客が仁川国際空港に到着後、10時間近くにわたり航空会社に
謝罪と補償を求め抗議する騒ぎがあった。

発端は4日午後に乗客166人を乗せ、セブ島を出発する予定だったセブ・パシフィック航空128便が
大幅に遅れたこと。マニラからの機体到着の遅れが原因だった。この過程で、航空会社に
謝罪を求める乗客とセブ空港の警備員の間でトラブルとなった。警備員は拳銃をちらつかせて、
「静かにして早く乗れ」などと乗客を脅したという。

同便は予定の4日午後9時5分から7時間遅れの5日午前4時15分に仁川空港に到着した。
乗客らは到着するや否や、ターミナル内で航空会社の謝罪と補償を要求し抗議活動に入った。
乗客らは約10時間後の午後2時20分ごろ、航空会社から謝罪と補償の約束を取りつけて帰宅した。

李衛裁(イ・ウィジェ)記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版





























<ヽ`∀´> < 今度は抗議に費やした10時間の補償を請求するため抗議するニダ


posted by クリケン at 17:20| 千葉 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | フィリピン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月16日

「それが地獄の始まりだった」、元慰安婦抗議の叫び - フィリピン

1943年、当時14歳だったVirginia Villarmaさん(78)は若さと純潔を奪われた。その時の出来事を思い出すたびに、深いしわが刻まれた顔が涙で泣き濡れるという。

 Villarmaさんは食べ物を手に入れるためマニラ郊外の通りを歩いていた時、突然、日本兵の集団に襲われた。動物のようにジープの後座席に投げ入れられると、
港にある兵舎の一室へ連れて行かれ、そこで服をはぎ取られ3、4人の兵士に繰り返しレイプされたという。
Villarmaさんが悲鳴を上げ相手を殴って抵抗すると、失神するまで殴られたり蹴られたりした。

「静まりかえった部屋の中で意識が戻ったとき、体中に激しい痛身を感じました。その痛みはその後も消えず、今も残っています。その日から3か月間、
朝から夜まで毎日虐待され続けました。あれは私の一生で一番長い3か月でした」

 VillarmaさんはAFPの取材に応じて、ピンクのハンカチを指に巻きながら静かな声で語った。

「それが地獄の始まりでした。当時何が起きたのか、そしてなぜ私たちが日本政府に過去の過ちについての
正式な謝罪を求めているのかを、大勢の人に知ってもらいたいんです」

 取材中に時折、言葉に詰まると金縁の眼鏡をはずし、目にあふれる涙をぬぐった。

 3か月後、連合軍の爆撃のおかげで、Villarmaさんはやっとのことで兵舎から逃げ出すことができた。
だが、彼女の人生はその出来事を境に一変した。

■安倍首相の発言に抗議の声を上げる女性たち

 その後Villarmaさんは結婚したが、数年後にVillarmaさんが日本兵の慰安婦にされていたことを知った夫は、
彼女と5人の子どもを置き去りにして去っていった。

 第ニ次世界大戦時の従軍慰安婦問題で、安倍首相は今月、「旧日本軍が従軍慰安婦への強制性を裏付ける証言はない」と発言。
これを受けて、忘れ去られていた従軍慰安婦の問題が再び注目される形となり、元慰安婦だった大勢の女性が抗議の声を上げた。

 そのほとんどはアジア圏の女性だ。大半は慰安婦だったことが理由で一度も結婚できずにいる。中には社会から隔絶した
生活を送っている女性、虐待により子どもの生めない体になった女性などもいる。
 
 日本政府は戦時中に起きたこの出来事を無視しようとしているが、がVillarmaさんのように慰安婦として虐待された女性たちは、
決してそうはさせないと決意しているという。

 アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)がまとめた報告書によると、戦時中、強制的に慰安婦に
された女性はインドネシアから中国まで多数の国で計約20万人に達する。その中で一番若い女性は当時12歳だった。

 第2次大戦後、日本の戦争犯罪を起訴するために設置された極東国際軍事裁判所
(International Military Tribunal for the Far East)の法廷では従軍慰安婦問題は無視された。

写真はマニラで12日、元従軍慰安婦だったVilliamorさん(右)とJosefa Villiamorさん。

AFP
























ジープ

1941年 弱小企業であるバンタム社の生産能力を危惧する陸軍はバンタム社の設計図を公開し、これに基
づきウィリス・オーバーランド社、フォード・モーター社もプロトタイプを製作。3社合わせて数千台規模により実戦
投入された結果、ウィリス社MB型が正式採用される。
同年中に日本陸軍がフィリピン作戦にてバンタム社のプロトタイプを鹵獲、内地に持ち帰る。これをトヨタ自動車
がコピーし、1944年8月に試作車5台が御殿場で試験され、陸軍・四式小型貨物車(トヨタ呼称AK10型)とし
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
て制式採用されるが、生産が間に合わずジープのような活躍の記録は無い。
             ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
また、このAK10型と戦後のトヨタ・ジープ、のちのランドクルーザーとの設計面でのつながりも一切無い。

おいおいwwww


1942年1月日本軍マニラ占領
1943年、ババア捕まる
1943年若しくは1944年3月以前
  ババア、爆撃により脱出
 同年9月 アメ軍マニラ空襲開始



posted by クリケン at 15:38| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | フィリピン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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